4.1
岩本山 常泉寺
(いわもとさん じょうせんじ)
埼玉県秩父市山田1392
みんなの御朱印
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(thonglor17さん)
 2
御朱印日:2026年7月20日 09:32
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(スエさん)
 9
御朱印日:2026年6月24日 09:35
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(スエさん)
 13
御朱印日:2026年6月24日 09:35
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(りんさん)
 17
御朱印日:2026年5月23日 00:00
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(りんさん)
 14
御朱印日:2026年5月23日 00:00
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(phai0317さん)
 10
御朱印日:2026年5月16日 11:30
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(まーさんさん)
 17
御朱印日:2026年5月4日 07:49
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(まーさんさん)
 17
御朱印日:2026年5月4日 07:49
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(がっちゃん3さん)
 11
御朱印日:2026年3月30日 00:00
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(ほーリンさん)
 9
御朱印日:2026年3月26日 09:49
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みんなの参拝記録
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(やっぽこさん)
おすすめ度:
★★★
1
 128
参拝日:2018年1月21日 00:00
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(優雅さん)
おすすめ度:
★★★
1
 105
参拝日:2014年9月7日 11:59
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(thonglor17さん)
おすすめ度:
★★★★
0
 4
参拝日:2026年7月20日 09:32
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(チョコバナナさん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 12
参拝日:2026年7月5日 00:00
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(スエさん)
おすすめ度:
★★★★
0
 5
参拝日:2026年6月24日 09:35
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(RUIさん)
おすすめ度:
0
 0
参拝日:2026年5月31日 21:27
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(マックスさん)
おすすめ度:
0
 6
参拝日:2026年5月31日 16:06
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(りんさん)
おすすめ度:
0
 12
参拝日:2026年5月23日 10:14
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(まーさんさん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 20
参拝日:2026年5月3日 11:00
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(やまちーさん)
おすすめ度:
0
 10
参拝日:2026年4月11日 10:17
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県秩父市山田1392 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
秩父本線大野原 徒歩16分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0494-23-2050 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
聖観世音菩薩 |
| 宗派 |
曹洞宗 |
| 創建・建立 |
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| 由来 |
民家の間を抜けると、田がひらけ野良道の先に本堂が見える。
春の桜の時期には本堂の墨色と淡い桜色の対比が美しい。
本堂は、弘化4年(1847年)に焼失したが、安政5年(1858年)に再建された。
本堂左手の観音堂は、明治3年(1870年)に秩父神社境内にあった蔵福寺から薬師堂を移築した。
軒には、みごとな海老虹梁の龍の籠彫を見ることができる。
新編武藏風土記稿
秩父郡山田村
第三番觀音 秩父卅四番札所ノ內ナリ 小名矢追ニアリ堂ハ五間四面東向ナリ 岩本觀音ト稱ス 正觀音木立像長二尺六寸行基ノ作ナリ 又左右ニ同シク正觀音木立像置ケリ 往古ハコノ觀音卅四番目ノ札所ナリシカイツノ頃カ三番目トナレリ 開基ト云コトモ定カナル說ナシ
ソノ初在リシ所ハ懸巖絕壁幽閑靈勝ノ境ニテ 朝日ノ瀑布夕日ノ瀧橫瀧ナト云ヘル景趣アリテ 爰ニ本尊ヲ安置セシトキ 近キアタリニ矢追トイヘル所アリ(卽今岩本寺ノ境內ニアリ)往古ヨリコノ所ニ行基菩薩彫刻ノ十王像アリ(卽今ノ札堂ナリ) 南ノ方二町程ヘタテヽ一院アリ コレヲ奧院ト稱ス コノ邊岩窟靈泉奇石怪岩アリテ尋常ナラス靈地ナリ 一日ソノ姿凡人ナラス見ヘシ巡禮ノ客十餘人來リ 十王堂ニ通夜シテ誦經ノ聲里人ノ心耳ヲ淸シ隨喜セシ折カラ 岩本堂ノ方ヨリ數千ノ征矢ヲ射ルカコトキ光明輝キテコノ地ヲ照ス 里人大ニ驚キ見ルニ 件ノ順禮モイツカ行ケン跡モナク 矢行地邑ニ在リシ靈像嚴然トシテ坐セハ 里老及ヒ寺僧等相議シテ彼地ノ堂ヲ引移シテ永クコヽニ安置スト云 矢行地矢追ノ地名モコノ時ヨリ起レリト云 ソノ年代ハ詳ナラス
順禮ノ詠歌ニ曰 補陀落ハ岩本寺ト拜ムヘシ峯ノ松風ヒヽク瀧津瀨
別當常泉寺 岩本山ト號ス 曹洞宗光明寺ノ末ナリ 境內除地一段六畝廿七步 本堂東向八間ニ五間半 本尊藥師ヲ安ス 開山峯山淸鷺寬永十五年九月廿三日寂ス
奧院 愛宕ヲ勸請ス 前ニ載スルコトクコノ邊幽勝ノ地ナリ 磴ヲ登ルコト廿七級ナリ ソノ側ニ岩窟アリ洞中ニ將軍地藏ヲ安ス 札堂 前ニ載スコトク十王像ヲ置ク 彌陀堂 四間ニ五間 彌陀木立像長一丈 觀音勢至二像長五尺 菩薩各二尺五寸 イツレモ木立像ナリ 稻荷社 野栗權現社 山中ノコンハト云處ニ野栗社アリ コレヲ移スト云
長命水 境內ニアリ井水ヲ名ツク 往古住僧難病ヲ患ヒシニ本尊ノ靈吿ヲ蒙リコノ泉ヲモテ服藥シ疾頓ニ平愈セリ 爾後土人疾アル時ハコノ水ヲ用ユルユヘニ爾カ名ツクト云 子持石 子ナキモノ此石ヲ祈テ應アリト云 不睡石 眠病ヲ祈ルニ必驗アリ 又ヨク眼ヲ除ク故コノ名アリ
境内掲示板
岩本山 常泉寺 今昔
常泉寺の開創は文暦元年(一二三四年)三月十八日覚了和尚の開山と寺伝に残る。当初の所在は高篠山の中腹の岩窟の中に観音像が安置され、天台系修験者により開創されたものと推定される。
二番真福寺の納経所である光明寺の援助を得て現在の地に観音様を遷座した。その当時は真言系であった。「光明寺二世峰山壽鵞大和尚の開山。堀内三右衛門(源翁宗心居士)開基。」と記された堀内家の日記が確かな記録である。往時は札堂、観音堂、弥陀堂、庫裏、本堂と寺勢を誇っていたが、弘化四年(一八四七年)の大火で類焼に遭い烏有に帰したが、十二世曹源碩水の浄財喜捨により安政五年(一八五八年)本堂を再建された。
その後、時代に翻弄され無住の期間もあったが、幾多の苦難を辿り、先代の兼務住職、大法伸爾大和尚(光明寺)が過去帳や不備書類等を整備したうえ、弟子の和皎(現住職)を三十一世として嗣子した。
権現堂屋根再修理、鰐口再新添、佛像三体修復、厨子新添、敷石整備、香炉新添、境内整備、観音縁日、紫陽花植樹、境内清掃整備等に、現三十一世住職拙僧財を喜捨し、加えて地域住民の支援協力のもと現在の趣を保っている。
当山三十一世住職 和皎 九拝
境内掲示板
市指定史跡 札所三番
岩本山 常泉寺
この札所は、三間四面、表に一間の大唐破風の向拝をふし、建築彫刻として繊細を極めています。特に竜の彫刻をほどこした向拝の海老虹梁のかごぼりの細工は実に見事です。
彫士は熊谷近くの玉井の住人飯田和泉と云われるもので明治三年、秩父神社の薬師堂を移築したもので江戸後期の建築物であります。本尊は聖観世音立像一木造り、像高九七.三糎、室町時代の作です。札所の周囲には長命水の井戸、眼病を祈る不睡の石、子持ち石などの伝説を持っております。
その昔、この堂より北の矢行地に本尊が安置され、今の札堂の地に行基菩薩彫刻の十王像が安置されていたと云う。巡礼客十人あまりこの十王堂に宿り誦経し、その声は里人の心を打ち非常に喜ばれたと云う、折しも近くにある矢迫の地より数千の征矢を射る如く光明が輝きこの地を照らし里人は驚いて十王堂に集まり例の巡礼者をみると、いづこへか消えて矢行地にあるべき霊像が厳然と座している姿に驚き里人は矢行地の堂を矢迫に移し永く当所に安置したと云う縁起があります。この縁起は当地の名主堀内家が常泉寺を建て、札所を移したことを物語っております。
昭和40年1月25日 秩父市教育委員会指定
境内碑
観音堂改修之碑
秩父札所第三番観音堂は文化年間大里郡玉井の工匠飯田和泉の作造せる文化的遺産である
昭和四十一年丙午年總開帳のよき年を期し地元有志の発起により銅板葺の屋根に改修し永く保存しこの功徳を後世に伝承するものである
常泉寺卅世 中井伸爾
坂本恭朝謹書 |
| 神社・お寺情報 |
札所:秩父三十四観音霊場・第3番
御詠歌 補陀洛は 岩本寺と 拝むべし 峰の松風 ひびく滝津瀬 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
久我竜胆 五七桐
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| 更新情報 |
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最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/07/20 20:10:32
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