3.5
倭文神社
(しどりじんじゃ)
群馬県伊勢崎市東上之宮町甲380番地
みんなの御朱印
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(thonglor17さん)
 11
御朱印日:2026年3月14日 10:42
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(BREITLINGさん)
 54
御朱印日:2024年5月2日 00:00
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(phai0317さん)
 50
御朱印日:2023年12月9日 11:00
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(みーちゃんさん)
 55
御朱印日:2020年4月19日 13:14
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(まっきーさん)
 46
御朱印日:2019年10月6日 14:30
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(たーこさん)
 44
御朱印日:2019年7月10日 00:00
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(コニーさん)
 46
御朱印日:2019年5月5日 15:05
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(忍さん)
 31
御朱印日:2019年3月16日 13:00
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(たけちゃ~ん⚾さん)
 24
御朱印日:2018年7月5日 00:00
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(かんたろうさん)
 11
御朱印日:2018年2月7日 00:00
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みんなの参拝記録
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(zx14rさん)
おすすめ度:
★
0
 3
参拝日:2026年5月2日 08:52
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(thonglor17さん)
おすすめ度:
★★★★
0
 20
参拝日:2026年3月14日 10:42
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(さとみさん)
おすすめ度:
0
 36
参拝日:2025年3月9日 16:44
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(たけちゃ~ん⚾さん)
おすすめ度:
0
 26
参拝日:2025年3月9日 16:41
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(BREITLINGさん)
おすすめ度:
★★★★
0
 43
参拝日:2024年5月2日 00:00
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(わたらせ Neoさん)
おすすめ度:
★★★★
0
 118
参拝日:2023年7月14日 15:44
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(999さん)
おすすめ度:
0
 19
参拝日:2022年1月28日 00:00
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(飛成さん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 57
参拝日:2021年10月23日 13:21
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(わたらせ Neoさん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 75
参拝日:2021年9月25日 13:27
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(ユキオさん)
おすすめ度:
0
 80
参拝日:2021年1月18日 14:30
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
群馬県伊勢崎市東上之宮町甲380番地 |
五畿八道 令制国 |
東山道 上野 |
| アクセス |
JR両毛線伊勢崎 徒歩51分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0270-23-6671 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
天羽槌雄命 (あめのはづちおのみこと)
(配祀神)
倉稲魂命、木花咲耶姫命、誉田別命、菅原道真命、大己貴命、素盞嗚命、豊受姫命、大山祇命、菊理姫命 |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
郷社 |
| 由来 |
境内掲示板
倭文神社略由緒
鎮座地 伊勢崎市東上之宮町三八〇番地
延喜式内 上野十二社 九之宮
主祭神 天羽槌雄命
配祀神
倉稲魂命 木花咲耶姫命 誉田別命
菅原道真命 大己貴命 素盞嗚命
豊受姫命 大山祇命 菊理姫命
由緒
当社の御祭神は、天羽槌雄命で、その歴史は古く機織の祖神として、また農耕、養蚕の神として尊崇されてきた。その創建は、人皇第十一代垂仁天皇の御宇三年と伝えられているが、これを明らかにする証跡は、現在不明となっている。
貞観元年(八五九)に官社に列せられ、従五位下を授けられた(三代実録)。その後、延長五年(九二七)に撰集された「延喜式」神名帳の中に倭文神社の名が載せられ、上野国神名帳には「従一位倭文大明神」とあって、上野国の九之宮とも称された。
その後、戦国時代の争乱にまきこまれ、一時期荒廃したが、徳川氏の江戸入部以来、関東地方も次第に平和をとりもどし、元和年間(一六一五〜一六二三)から寛永年間(一六二四〜一六四三)に入る頃は、社殿も再建され、別当寺として新義真言宗宮川山慈眼寺が定められ、住持実秀が別当となった。以後近世を通じて倭文神社は慈眼寺の管理下におかれた。三代将軍家光の慶安元年(一六四八)九月には御朱印地十石を賜わり、漸く安定した神社経営が行われ、祭事も復興し、神威もいよいよ加わるに至った。その後、約八十年を経て、享保十二年(一七二七)八月には、八代将軍吉宗から社殿再建勧進の許可を得て上野国はもとより、江戸府内からも浄財の寄進を仰ぎ、旧にまさる荘厳な社殿鳥居などが再建され、大いに隆盛をきわめた。しかし、この社殿も慶応二年(一八六六)十一月九日、再度火災に会い、悉く灰燼に帰してしまった。
現在の社殿は、その後、明治十三年十月二十四日(上棟)に再建されたものである。なおさきの御朱印地十石の斎田は明治維新の際上納され、また明治元年の神仏分離令により、別当寺や社僧の制も廃止され、神職によって祭祀される現在の姿となった。その後区内の小社祠の整理合祀も行われ、この間郷社に列せられた。また大正十四年には神饌幣帛料供進神社に指定された。
今次大戦後は、国家神道や社格もなくなり、純粋な上之宮町の鎮守として今日に至っている。
祭典
正月元日 歳旦祭
正月十四日 田遊祭
二月十八日 祈念祭
四月十六日 服飾初祭・例大祭
十月十七日 秋祭
建造物
本殿 桧材流造り 銅板葺(二・二五坪)
拝殿 杉材三間社入母屋造り(二二・五坪)
幣殿 杉材瓦葺(五・〇坪)
神楽殿 木造瓦葺(七・〇坪)
社務所 木造瓦葺平屋建(二〇・〇坪)
倭文会館 木造切妻平屋建(三五・二五坪)
鳥居 木造両部四脚鳥居
御影石造り二脚鳥居 |
| 神社・お寺情報 |
境内掲示板
伊勢崎市指定重要無形民俗文化財
倭文神社の田遊び
平成十九年八月十七日指定
倭文神社の田遊びは、上之宮町の倭文神社で毎年一月十四日に行われる田植えの予祝行事です。
笹竹を持つ祭員が笹竹を振り、ご神歌を奉唱しながら鳥居と拝殿を三往復した後、町内を巡行します。 戻ると再び鳥居に整列し、鳥居と拝殿の間を三往復します。
昔は最後に参会者による笹竹の奪い合いがあり、この竹で蚕箸を作ると蚕が当たるとされていました。
この田遊びのご神歌は中世期まで遡り、貴重です。
御神歌
エートウ、エートウ
まえだの鷺が御代田にぎろり
きろぎろめくのは なんだんぼ
一本植えれば千本になる
とうとうぼうしの種
エートウ、エートウ
乾のすまの掃部の長者
つじゅう十石ざらり
ざらざらめくのは なんだんぼ
一本植えれば千本になる
とうとうぼうしの種
平成二十年三月一日
伊勢崎市教育委員会 |
| 例祭日 |
4月16日 |
| 神紋・寺紋 |
抱き柏
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】zx14r
【
最終
更新日時】2026/05/02 08:52:11
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