佐抛大明神 参拝記録 (天地悠久さん)
創建時期は不詳。「金峯山寺史」(首藤善樹)という書には「『大和国国軸山金峯山由緒略記』(慶応四年)は『此社ハ勝手社ト相対シ天女アマ下リシ時 其影此社ノ後ノ山ニ映ス 故ニ御影山ト名ク』と、大海人皇子と天女にまつわる伝説を載せている。吉野八社明神の一つ。『両峯問答秘鈔』は『勝手之御子』とする。『金峯山秘密伝』中の御嶽曼陀羅の外周右下角に、いわゆる吉野八社明神の一つとして図示される」と。「天女アマ下リシ時」というのは、勝手神社の大海人皇子(天武天皇)が社殿で琴を奏でると、天女が舞い降りて五度袖を振りながら舞ったいう社伝に対応するもの。春日大社末社に佐良家神社があり、これが佐抛神社ではないかとする説も。この社名は宗祇の句集「宇良葉」などに、「春日の末社佐抛」と記されています。これは現存しない社、由緒不明の佐良家神社を音の類似から宛てようというもの。ところが「春日御社記録」には、「左投明神 又佐良気明神トモ号 尾張国ヨリ勧請」とあるとのこと。つまり猿投神社(式内社 狭投神社)より勧請されたのかと。この社は参河国に属しますが。
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