みんなの御朱印
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rorexgtrさん
2020年8月12日 16:35
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基本情報
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| 住所 |
山口県山口市秋穂東2566 |
五畿八道 令制国 |
山陽道 周防 |
| アクセス |
近鉄志摩線志摩赤崎 徒歩4分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
083-984-3507 |
| FAX番号 |
083-984-3507 |
| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
(主祭神)田心姫命 湍津姫命 市杵島姫命(配祀神)大年神 天御中主神 |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
村社 |
| 由来 |
奈良時代の神亀四年(七二七)、鎮座と云う。しかし『道中家文書』によると、それより以前天智天皇の御宇(六六二〜)、三女神のお供をして道中大和守水沼重基が、嶋山を巡りはじめて七日七夜の後、この三女神を奉祭する、とも伝える。又社伝として伝えられる記録によると、鎌倉時代の元暦二年(一一八五)、源義経が平家追討のためにこの浦に船をよせられ、当社に参詣された。朝敵退治の御祈祷をし、神楽を奏じつつ「千はやふる神の誓いを今ぞしる」と打ち詠じ給うた。すると、空中より妙なる御声が聞えたので、「さては神明感応ましましけりと信心肝に銘じ給うた」と『風土注進案』には書かれている。現に、近年まで源義経奉納の鎧と称するものがあったが、現在は見あたらない。又社殿北側にある平らな約二畳余りの石を、「義経汐待ち石」と云い伝えている。安土桃山時代の文禄四年(一五九五)に社殿焼失。江戸時代の正保元年(一六四四)に再建。正徳三年(一七一三)に「赤崎大明神縁起」ができ、現存している。更に文化九年(一八一二)、社殿再建。この頃、参道の両側にある多くの灯籠等の石造物も奉納されている。又、明治十三年(一八八〇)、拝殿が再建されたと云う。当社は、牛馬安全守護の神として崇敬されている。当社の別当坊は、長徳寺(現在の大昌寺)であった。昭和六年(一九三一)村社に列する。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
例祭(九月二十三日)、十日祭(旧一月十日に近い前の日曜日)、新嘗祭(十一月二十三日) |
| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】管理者
【
最終
更新日時】2020/05/06 18:04:08
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