埼玉県行田市真名板1532−2 真名板薬師堂の写真1
埼玉県行田市真名板1532−2 真名板薬師堂の写真2
 2.5

真名板薬師堂


埼玉県行田市真名板1532−2

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thonglor17さん
★★★★ 参拝日:2023年4月9日 06:11

zx14rさん
参拝日:2021年10月9日 14:50


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基本情報


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住所 埼玉県行田市真名板1532−2
五畿八道
令制国
 
アクセス 東武伊勢崎線南羽生 徒歩44分
御朱印授与時間
電話番号
FAX番号
公式サイトURL
御本尊
宗派
創建・建立
由来 堂側掲示
薬師堂改修並びに銅造伝薬師如来立像収蔵庫新設事業奉賛記
 境内に建つ薬師如来御縁起碑文に、真名板薬師堂は、大正十二年茅葺きであった堂宇を瓦葺きにする際に発見された棟札に、今から三百二十余年前の延宝七年(一六七九)から天和二年(一六八二)までの四年間を費やして新築落成との記あり。
 以後、長年の風雪に耐えるも経年劣化著しく、昭和五十九年、住民の浄財にて屋根瓦の葺替え、建物の塗装、仁王像の修復等の工事を完了せり。
 爾後、年古るに従い老朽化甚だしさを増し、本堂の正面階段、濡縁とその縁石等の傷み激しく、特に濡縁と正面階段は木材の腐食が進み危険な状態なり。
 折しも平成十七年三月、地域信仰の中心的存在の薬師堂ご本尊、銅造伝薬師如来立像が埼玉県指定有形文化財に指定され、ご尊体を後世まで安全かつ大切に安置すべく防盗耐火型収蔵庫及びその覆屋を地元住民の浄財と埼玉県及び行田市の補助金にて新設せり。
 併せて、老朽化した本堂の改修整備を進め、数百年の歴史と伝統をもつ真名板の貴重な宝物である薬師堂を大切に保存し、後世に伝えんと文化財保存会役員一同衆議、改修事業を計画するや、二百八十余名の住民、崇敬者の賛同を得、その浄財にてエを起こし、本堂濡縁及び正面階段等一連の改修事業を実施せり。
 地元住民の支えにより守られてきた史跡や文化財が所在する薬師堂境内は真名板地区の長い歴史を伝える場所なり、ここに、銅造伝薬師如来立像の埼玉県指定有形文化財指定を記念した一連の事業概要をこの銘板に記し、後世に繋ぎ伝えんとするものなり。
神社・お寺情報 新編武藏風土記稿
埼玉郡上眞名板村 下眞名板村
花藏院 新義眞言宗上ノ村一乘院末藥王山ト號ス本尊不動ヲ安ス
藥師堂 此堂ノ傍ニ親鸞上人ノ弟子沙彌西念ト云モノヽ建シト云碑アリ圖左ニ出ス
右志者奉爲過住 主君幽儀滅罪生善
盡法界群類平等 利益仍造立如件
梵字 南無阿彌陀佛 建治元年乙亥九月日 沙彌西念敬白

境内掲示板
行田市指定文化財
板石塔婆
昭和34年3月19日指定
 この板石塔婆は、高さ3.51m、幅87cm、厚さ13.7cmの行田市内で最も大きな板石塔婆です。
 板石塔婆は、鎌倉時代以降盛んに造られた緑泥片岩等を使った石碑の一種で、一般的には死者の霊を供養するために造立されました。
 この板石塔婆は、上部に伊字ノ三点、その下に阿弥陀一尊の種字(キリーク)を荘厳体で刻み、中央の蓮台の上に「南無阿弥陀仏」の銘文、左右に長五輪塔、下部に建治元年(1275)乙亥九月の記年銘と銘文が刻まれています。
 銘文の一部がはく落、磨滅していますが、『新編武蔵風土記稿』によれば右側に「右志者奉為過住 主君幽儀滅罪生善」と記されていたようです。左側に「尽法界群類平等 利益仍造立如件」、下部には「沙弥西念敬白」と記されており、沙弥西念が主君の滅罪と法界群類の平等利益を願い建立した板石塔婆であることがわかります。
 鎌倉時代の特徴をよく具えた六字名号(南無阿弥陀仏)板石塔婆の典型例と言えます。
  平成23年
  行田市教育委員会

境内掲示板
埼玉県指定文化財
銅造伝薬師如来立像
 平成17年3月22日指定
 像が安置されているこの薬師堂は、江戸時代にこの土地にあった花蔵院という寺院の境内にあって、その差配を受けていた堂であったといわれています(『新編武蔵風土記稿』)。花蔵院は明治時代初期に廃寺となり、現在は薬師堂のみが残り、この像は両手先が失われていることから「手なし薬師」として地域の信仰を集めています。
 像の制作時期は鎌管時代後期であり、この時期の金銅仏は全体的に小作りなものが多い中で94㎝もの像高を持つ像は珍しいものといえます。また薬師堂の近くには、この像とほぼ同じ時期にあたる「建治元年(1275)」銘の板石塔婆(行田市指定文化財)がこの像の造立との関係が考えられています。
 平成19年12月
  埼玉県教育委員会
  行田市教育委員会

境内掲示板
力石(ちからいし)
 真名板薬師堂境内に現存する力石は、力試しに用いられたと思われる大きな石で、江戸時代から明治時代までの間、この石を使った力試しが盛んに行われていたという。
 その後、この習俗は次第になくなり、かつてあった力石のほとんどは行方不明になったが、その一部は、神社や寺院の境内に奉納されている。
 行田市教育委員会は、一九七八年(昭和五十三年)に行田市内の力石の所在調査を行い、その結果が「文化財調査報告第6集」にまとめられている。
 それによると、真名板地区では、薬師堂境内正面入口付近に無造作に放置されていた2個の力石が確認され、そのうち1個には「二十五〆」の刻銘も記されている。
 石になんらかの文字が刻まれていれば力石と確認できるが、無銘だとただの大きな石と区別がつかず次第に忘れ去られ、石の自重で土の中に沈み込みそのまま埋もれてしまうため、ここに安置し、その存在を後世に伝えんとするものである。
  記
右側・全長64cm 最大巾30cm  重量90kg(24貫)貫 刻銘なし
左側・全長60cm 最大巾37cm  重量94kg(25貫)貫 刻銘二十五〆
 平成二十三年八月吉日 
  真名板社寺会
  真名板薬師堂文化財保存会

境内掲示板
行田市指定文化財
真名板薬師堂の公孫樹
昭和33年3月1日指定
 現在の真名板薬師堂の境内には、江戸時代には新義真言宗花蔵院という寺院がありました。しかしながら、明治維新後に花蔵院が廃寺となり、県指定文化財銅造伝薬師如来立像が安置されている薬師堂と楼門だけが残されて、現在に至っています。
 その薬師堂の前に東西方向に一列に3本植栽されているこの公孫樹は、西側の2本が雄木、東側の1本が雌木です。樹高はいずれも30m、目通り幹囲は西側からそれぞれ5.6m、5.3m、3.6m、根回りは西端の雄木が最も大きく8.2mを計ります。
 樹齢700年とも伝えられている行田市有数の巨木群です。
 平成23年
  行田市教育委員会

堂側掲示
真名板薬師堂建立時期の説明 (棟板の解説)
(読み・意味)
 棟札の表面上部にみえる四行で記された文は、
 しょうしゅてんちゅうてん かりょうびんがしょう あいみんしゅうじょうしゃ がとうこんきょうらい
 聖主天中天 迦陵頻伽聲 愛愍衆生者 我等今敬礼
と読み、法華経八巻二十八品のうち第七の化城喩品(けじょうゆほん)の偈(げ)です。偈とは経典の中で二句、四句、五句、六句などの詩句をもって教説をのべたものをいいます。この化城喩品の偈は、仏教に関する棟札で常套的に用いられるものの内のひとつです。また、この棟札では「愛愍衆生者」と書かれていますが、多くは「哀愍衆生者」と書きます。
 この偈を読み下すと、「聖主にして天中の天なり。迦陵頻伽の声ありて衆生哀愍したもう者なり。我ら今、敬礼したてまつる」となります。
 意味は、「(釈尊は)聖者の中の上首であり、人が尊ぶ天の中でも最高です。迦陵頻伽(仏教の想像上の霊鳥で美声で鳴くという)のような美しい声で、衆生を哀れみ救済する教えを説かれます。我々は今、仏を敬礼いたします」となります。
 この偈の下に続く一文
奉造立藥師如来精舍一宇武葳国崎玉郡真名板村花葳院
は「造立したてまつる薬師如来精舎一宇 武蔵国﨑玉郡真名板村花蔵院」と読みます。文中に出てくる花蔵院は、『新編武蔵風土記稿』によれば「花蔵院 新義真言宗、上ノ村一乗院末、薬王山と号す、本尊不動を安ず、 」と記されていますので、熊谷市上之の新義真言宗智山派の寺院一乗院の末寺であったことがわかります。
薬師如来精舎(薬師堂)はこの花蔵院を中心に檀那中がお金を出し合って建立されたのでしょう。
 裏面 (梵字)の字は、薬師如来種子(やくしにょらいしゅじ)です。種子とはもろもろの仏を梵字(サンスクリット)一文字であらわしたものです。薬師如来種子 は、「バイ」、「ベイ」などと読みます。この種子に続いて記されている一文は
 がしみょうごういっきょうごにしゅびょうしつじょしんじんあんらく
 我此名号一経其耳衆病悉除身心安樂
と読み、薬師如来本願経(やくしにょらいほんがんきょう)の第七願です。薬師如来本願経では薬師如来が衆生を救済するために揚げた十二の大願をのべ、薬師如来を深く心中に念じ称名すれば人々の苦しみを除き、祈祷供養すれば祈願が叶うことを説いています。
 この偈を読み下すと、「我(薬師如来)の名をひとたびその耳に経ば、衆病悉く除かれ、身心安楽ならん」となります。
 意味は、「私の名を一度でも耳にすれば、人々の病は除かれ、身も心も安穏に過ごすことができる」というものです。
 最後にこの棟札にみえる年号について見ておきましょう。まず、裏には「延宝七未より天和弐年まで四年の建立なり」とあります。これはこの薬師如来精舎が延宝七年(一六七九)から天和二年(一六八二)の四年間をかけて建立されたことを示しています。次に表には「貞享二乙丑星三月八日」の日付がみられます。この貞享二年(一六八五)三月八日という日付は薬師如来精舎の建立後、この棟札を納めた日(上棟式)をあらわしたものであると考えられます。
  平成二十二年一月吉日
   真名板社寺会
   薬師堂文化財保存会

境内碑
新渠之碑
在昔禹之治水也八年於水三過其門而不入流淪決排注諸海以濟天下之溺夫水之害雖聖人之世不能免而聖人憂之其急如此武藏國埼玉郡真名板村自古居卑濕之地每夏月有風雨動水及民家漂牀没檐民不知所以避之扶老抱幼而號泣於隆高之地往年村人相議而築長提提外之民害之高不過於五尺是以雞存堤防之名而無避水害之實里民太憂之里正齋藤作右衛門藤原義住者為人□才多智憂之不措天保十一年二月自建決水之策言之於官官善其策賜金若干以給費乃作渠長百六十間而水害隨遠土人相欣稱之日齋藤渠義住又謀於父老日今決一渠於東西注之于星川二流則可免洪水之憂也郷等告盍告利于渠水父老遂以告渠水不肯者六村以為今穿一渠於田頭恐失溉田之利是決不可為之事也渠内之民百方說之然終狐疑不決者十有餘年一旦渠水相議以為水雖分上下郷黨不可失其好若不聽鑿渠之策恐絕鄰里之誼於是内外始和而約成矣安政五年之春發里民而決渠長四百八十六間經七尺深随地之高低不曰而成矣何其功之遄也渠成而後雖有甚風雨不罹水害者百餘項里民相欣鳴呼義住所憂固不得与古聖人相比然椎誠立功可謂偉矣嘗聞真名板村所祠久伊豆大明神者即所載於延喜式玉敷神社也玉敷神社者蓋傳所謂大名持神也此神為蒼生經營天下所未成者又能巡造焉由此觀之義住鑿渠譽之其人心終和而成功之遄村神域助之歟段今茲村人相議而立碑于新渠之傍使予記其由因書所開而應需云
慶應二年十月
   敷田年治撰
     萩原翬書
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】thonglor17
【 最終 更新日時】2023/04/09 16:46:53
 
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