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基本情報
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住所 |
埼玉県本庄市中央3-4-38 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR高崎線本庄 徒歩11分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
0495-22-3267 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
・大山祇大神・天満天神(菅原道真公)・大雷大神・高靇大神 |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
境内掲示板
阿夫利天神社
所在地 本庄市中央3-4
阿夫利天神社の祭神は大山祇命、大雷命、高靇神、菅原道真、天手長男命の五神である。
社伝によると、寿永年間(一一八二~八五)に本庄太郎家長が城を当地に築いた時、厚く信仰していた相州大山(神奈川県伊勢崎市)の石尊大権現をこの地に勧請したのが始まりと伝えられ、戦国時代の本庄宮内少輔も深く崇敬したという。
その後、天明三年(一七八三)七月の大かんばつの時、石尊社を池上に遷して降雨を祈ったところ、たちどころに霊験を得たといわれる。
寛政三年(一七九一)に社殿を再建、大正二年に天神社ほかを合祀し、社号を阿夫利天神社と改称した。
昭和六十年三月
埼玉県
本庄市
阿夫利天神社御由緒
本庄市中央三-四-三八
▢御縁起(歴史)
当社は、大正二年、阿夫利神社に天神社が合祀され、社名を阿夫利天神社と変更したものである。
阿夫利神社は、社伝によると、寿永年間(一一八二~八四)源頼朝によって領地を受けた児玉党の本庄庄太郎家長が、かねてより信仰していた相州大山石尊大権現を、領地内の当所に勧請したのが始まりである。文明十三年(一四八一)その隣接地に、本庄藤太郎雪茂 (僧号伊安) が若泉山安養院無量寺を開基し、以後、明治初年の神仏分離まで、同寺が別当職を務めた。
一方、天神社は、「阿夫利天神社由緒書」(埼玉叢書第三巻所収)によれば、天正二年(一五七四)に本庄城主本庄宮内少輔実忠の命により城の鎮守として奉斎されたことに始まる。本庄氏退去の後、城主となった小笠原掃部太夫も、鎮座地のほかに五反余の土地を寄進し「天神林」と名付けた。慶長十七年(一六一二)小笠原氏国替に伴い本庄城が廃城になると、天神社は村人の手によって守られ、名主七左衛門・問屋伊左衛門らが中心となって寛永六年(一六二九)に御霊を天神林に再建した祠へ移した。寛文七年(一六六七)に同社は、別当寺管霊山自在院慈恩寺境内(現在の照若町)に移された。その後、大正二年に町役場建設用地として天神社鎮座地が指定されたことにより、阿夫利神社に合祀となった。
平成十二年一月、放火により社殿が焼失したが、御神体が残り、平成十四年九月に再建され、現在に至っている。 |
神社・お寺情報 |
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例祭日 |
・祈年祭(二月二十五日)・春祭 (勧学祭) (四月二十五日)・例祭(お神酒上げ神事) (九月三日)・新嘗祭(十一月二十五日) |
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】zx14r
【
最終
更新日時】2025/04/05 13:57:41
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