みんなの御朱印
自分の御朱印
まだ御朱印が登録されていません
みんなの参拝記録
0
122
自分の参拝記録
まだ参拝記録が登録されていません
みんなの動画
自分の動画
まだ動画が登録されていません
基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
神奈川県藤沢市辻堂元町3ー15ー15 |
五畿八道 令制国 |
東海道 相模 |
| アクセス |
JR東海道本線辻堂 徒歩10分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
|
| FAX番号 |
|
| 公式サイトURL |
|
| 御祭神 |
建御名方神 ( たけみなかたのみこと ) 八坂刀売神 ( やさかとめのみこと ) |
| 創建・建立 |
平治年間(1159年) |
| 旧社格 |
村社 |
| 由来 |
諏訪神社由緒 諏訪神社は平治年間の創立と謂われているがその時代に此の地に社殿が造営されていたか不詳である。 当地は永禄年間小田原北条氏の知行所であったところ徳川氏の頃に至って天領となり二十六字二百六十石とされ旗本の采地となった。 寛永八年火災のため社殿と共に種々の重宝古器物および諸記録を焼失し同七年地頭保々長兵衛尉源則貞が社殿を再建して当時の総鎮守社としたが文政七年別当海竜山宝泉寺の火災に類焼の難に遭い勧請年月の記録類を再び焼失した。 古老の口碑によれば文政八年七月再建されたと。その後は氏子達の寄進によって維持され大正十二年九月の大震災による拝殿の倒潰は翌年九月に復旧し大東亜戦争の際国防用に供出した鐘は戦後(昭和三十一年)新調しその他大小の補修は篤志家によって行われ今日に至っている。 現在の本殿は高御座を二座に分け左側を上諏訪神社 右側を下諏訪神社とし建御名方命(男神) 八坂刀売命(女神)が鎮祭されている。 明治六年「村社」に列せられた。 例祭日は毎年七月二十七日とされこの時には御輿が出御し東西南北の四町内には「奉献両諏訪大明神」と大書された幟が立ち各町内に在る花車は人形を飾り太鼓笛鉦などはやして村内を練り廻るなど昔ながらの行事が今も残っている。現存の旗幟は一番古い物で寛永十五年三月十五日と誌され花車は二百年前頃の作でこれに人を飾るようになったのは百年前頃と思われる。 昭和四十六年二月七日復旧を記念して 諏訪神社氏子一同
辻堂諏訪神社 当神社は、長野県上諏訪、下諏訪両神社の分神であり、創建以来、辻堂住民に広く崇敬され『辻堂のお諏訪様』として親しまれてきました。 明治6年、神仏分離により辻堂村社として認可を受け、辻堂総鎮守となる。 末社として、八松稲荷神社ほか8社があります。 現在の神殿ならびに社務所、御輿殿等は平成10年8月から2年余をかけて改築され、平成12年10月に完成、一層地元の氏神様として信奉を集めています。 また、由緒ある、東、西、南、北各町内の人形山車は、平成5年、藤沢市の有形文化財に指定されています。 (略) |
| 神社・お寺情報 |
●御神徳 家内安全、交通安全、家業繁栄、学業成就 ●社殿建物 造作:木造銅版葺 建築面積:67.40m²
●藤沢市指定重要文化財(有形民俗) 平成5年(一九九三)11月1日指定 辻堂諏訪神社人形山車4基 毎年7月26日宵宮・27日例大祭が斎行される。 神社神輿渡御と東町・西町・南町・北町の各町内に保存されている人形山車が神社境内に奉納される。この人形山車は明治初期のものと伝えられ、上に立つ人形は等身大である。 東町 源 頼朝(みなもとのよりとも) 西町 源 義家(みなもとのよしいえ) 南町 武内宿禰(たけうちのすくね) 北町 神功皇后(じんぐうこうごう) 山車は、4基ともほぼ同形で総欅造り 総高およそ8メートルである。 回転する屋台では、太鼓・笛・鉦のお囃子が奏でられる。 宮入りの順序は宮元である南町が1番、他の3町内は毎年順繰りで、宮出しは、その逆と決められている。 平成26年(二〇一四)12月 藤沢市教育委員会 |
| 例祭日 |
正月元旦 新年祈祷祭
2月4日 稲荷神社例大祭
7月26~27日 例大祭
11月吉日 七五三宮詣祭
12月31日 除夜祈願祭 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 |
【
最終
更新者】ひー
【
最終
更新日時】2026/02/28 15:08:56
|
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々は
こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社・お寺
近くのお城
神社・お寺検索
※は必須です
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録は
こちら。