みんなの御朱印
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(やっくんさん)
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(じゃすてぃさん)
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見開き御朱印¥500-。
本日はコロナ終息を祈願して
「国家安康」とお書きいただきました。
(じゃすてぃさん) ![]() |
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(金太郎さん)
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(くらのりさん)
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(あくんさん)
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見開き御朱印¥500-。
本日は「神恩」とお書きいただきました。
(じゃすてぃさん) ![]() |
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 | 広島県東広島市河内町中河内375番 |
五畿八道 令制国 |
山陽道 安芸 |
アクセス | JR山陽本線河内 徒歩9分 |
御朱印授与時間 | |
電話番号 | |
FAX番号 | |
公式サイトURL | https://sugimorikunameba.amebaownd.com/ |
御祭神 | 天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと) 天穂日命(あめのおしほみみみこと) 天津日子根命(あまつひこねのみこと) 活津日子根命(いくつひこねのみこと) 熊野久須毘命(くまのくすびのみこと) 多紀理毘賣命(たきりびめのみこと) 狭依毘賣命(さよりびめのみこと) 多岐都比賣命(たぎつひめのみこと) |
創建・建立 | 創立年月日不詳 |
旧社格 | 村社 |
由来 | 当神社の創立年月日不詳ですが、『日本三代実録』によりますと度重なる自然災害を鎮めるため、第56代清和天皇(せいわてんのう)が各地の神様に神階を授けられました。その貞観9年(867年)10月13日の条に、正六位上「榲樌神」(すぎもりのかみ)に従五位下を授けられたのが当神社のことと伝へられてゐます。 御祭神は、天照大御神(あまてらすおほみかみ)と須佐之男命(すさのをのみこと)による誓約(うけひ・真心を表すこと)によりお生まれになつた五男三女の神様です。 主祭神として天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、天穂日命(あめのおしほみみみこと)、天津日子根命(あまつひこねのみこと)、活津日子根命(いくつひこねのみこと)、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)、多紀理毘賣命(たきりびめのみこと)、狭依毘賣命(さよりびめのみこと)、多岐都比賣(たぎつひめの)命(みこと)をお祀りし、 相殿神としてに品陀和気命(ほんだわけのみこと)(第15代応神天皇・八幡様)、須佐之男命(すさのをのみこと)(天照大御神の弟神)、厳島大神(いつくしまのおほかみ)をお祀りしてゐます(「神社明細書」による)。 八幡様は、もと入野村の二ツ宮に祀られてゐましたが、祭礼の時に神輿が洪水で川に落ち、この里に流れ着き、岸に近い石上(推測ですが、鳥居前の延長上、線路の向側の田の中に大きな石があります。電車の中からよく見えます。)に留まつてゐたさうです。住民により古筵(むしろ)を折りかけ当社の相殿として祀られ、「筵屋八幡宮」と崇められました。 須佐之男命は、風呂本の八坂神社に祀られてゐましたが、明治四年十月に当社に合祀されました。 『芸藩通志』(文政8年・1825年)には当社は「八幡厳島神社」と記されてゐます。 御本殿は、一間社入母屋(いりもや)造りで天保9年(1838年)に再建された建物です。本殿の屋根の反りよりみて、以前は檜皮葺ではなかったかと推測します。 境内は、山林を含め約3000坪。杉森といふ称名の通り杉と檜の約500本に囲まれた、癒しのお社です。 当社所有地である深山峡(頼山陽が「安芸の耶馬溪」と称へてゐます)の夫婦岩と境内の夫婦杉は、「清く、正しく、睦まじく、お互ひを助け合ひ、伸ばし合ひ、育て合ふ」神様の御心の象徴であります。 |
神社・お寺情報 | |
例祭日 | |
神紋・寺紋 | ![]() |
更新情報 | 【
最終
更新者】じゃすてぃ 【 最終 更新日時】2021/06/02 10:43:11 |