網野神社 参拝記録 (天地悠久さん)
今頃ですが創建由緒を。元々は三箇所に別々に鎮座していた三社を、享徳元年(1452年)に当地に合併奉遷。一社目は日子坐王を祀っていた社。かつてはこちらが神名帳にいう網野神社であったするのが有力。神名帳の一座は日子坐王ではないかと。二社目は住吉大神を祀っていた社。元々は「宮ノ奥」に鎮座。この地はホムチワケ皇子神話に関わる故地。天湯川挙命が白鳥を追い但馬国より当地に来たとされ、「墨ノ江水笑(みつのえ)」の松原村遠津神に誓い、水江に網を張ったとされます。三社目は水江浦嶋子神を祀っていた社。当地に家があり住んでいたと。当社には宇良神社とは異なる伝説があります。そもそも浦嶋子神は、日子坐王の後裔氏族である日下部氏の裔。資料、伝承によりかなりの差異あるいは三社の中での混乱が見受けられます。天湯川挙命を加えて四神とする説も。
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