荒塩神社 参拝記録 (天地悠久さん)
「丹後国風土記」残欠の「羽衣伝説」の記述。育てられた老夫婦の元を追い出された天女(豊受大神)が向かったのは「荒塩村」、次いで「哭木村」、そして最後に「奈具村」に鎮まったとあります。この天女の「荒塩村」にまつわるのが当社ではないかと。そのように考えると当社が信仰の対象であり、大宮売神社が神籬を立てたりした祭祀場であったのではと。「丹哥府志」は当社ご祭神を大宮賣神としています。他に当社に関する資料としては、丹後を中心とした大宝元年(701年)の南海トラフ地震。三日間揺れ続き巨大津波が発生したというもの。当社の鳥居のところまで津波が到達したと伝わります。
おすすめ度:
おすすめ度: