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基本情報
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| 住所 |
大阪府大阪市此花区島屋3-6-32 |
五畿八道 令制国 |
畿内 摂津 |
| アクセス |
JR桜島線安治川口 徒歩5分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0664612805 |
| FAX番号 |
0664612805 |
| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
真宗大谷派 |
| 創建・建立 |
天正十六年(一五八八)に谷町二丁目に創建 |
| 由来 |
本眞寺の沿革 【創建】本眞寺は、安土桃山時代、天正十六年(一五八八)に谷町二丁目に創建され、寛永十六年(一六三九)に『城南山本眞寺』の寺号を許される(城南山の「城」は大坂城、即ち石山本願寺を基点とする)。 【再興】豊臣秀吉公が大坂城を築くにあたり、全国各地から職人衆が集められる。難波八十島の一つ沖嶋(のち恩貴島)は、その報酬として与えられ、瀬戸内海より来襲する敵を城内に知らせる役を担っていたと伝えられている。当初は3軒の住居が在ったが、徳川時代には沖嶋新田(宝暦年間)嶋屋新田(元禄年間)として新田開発が大きく展開されて繋栄する。集落には庄屋が点在し、近隣7カ村の米を集める米蔵が有り、市中に米・野菜・魚貝・綿花を提供していたとされる。 安政六年(一八五六)、恩貴島島屋の住民たちの厚き信仰心が御縁となり、正蓮寺川治南側南沖嶋の地に当寺の前身となる『念仏道場蓮心坊』の誕生をみる。その後、寺院として加藍が整い、城南山本眞寺をこの地に再興する。しかし、明治新政府による富国強兵政策の下、北港開発に伴い整備された広大な田畑は次々に重化学工業地帯と化し、檀信徒である住民の多くが土地を失う。そして廃仏毀釈の施策により人々の心も衰退へと向かう。 【再建】昭和九年九月二十一日、室戸台風により甚大な被害を受け、昭和二十年六月一日の大阪大空襲では本堂を含む多くの建物が焼失する。当地に関する貴重な資料・写真、例えば大坂城築城に関する道具(石垣を運ぶ修羅など)も、度重なる水害と空襲により失われる。その後、当寺の檀信徒の尽力により、本堂が現在地に移転再建される。本尊である阿弥陀如来像は人々の手によって幾度となく戦火を逃れ、今日まで伝わっている。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ととるし
【
最終
更新日時】2026/01/20 19:58:37
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