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基本情報
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住所 |
大阪府大東市新田東本町6-31 |
五畿八道 令制国 |
畿内 河内 |
アクセス |
JR学研都市線鴻池新田駅北東へ1100m |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
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FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
大山咋命(おおやまくいのみこと) |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
新田という呼称は、当時の既存の集落に対し、新しく開拓された土地であるところから付けられたものである。 しかし、豊臣秀吉の太閤検地を受けており、その時点での新田村であり、その開拓の起源は戦国期に遡るといえよう。 伝承によれば、当地の開拓を手がけたのは、近江(滋賀県)から移って来た人達であった。 そこで氏神も故郷の神である山王宮(日吉神社)をこの地に勧請した、という。 改築前の社殿には享保二年(1717)の棟札があり、その時に新築されて二百七十年間、 この間には氏子による修築が加えられていた。 しかし、風雪に耐えた社殿も損みがひどくなり、昭和五十九年に浄財を募り、 同年四月着工十月吉日の新築となった。 享保七年(1722)の新田村明細帳には、氏神山王宮権現・境内七畝歩と記されている。 さらに文政八年(1825)に本殿覆屋、天保五年(1834)には、 拝殿及び本殿へのつなぎ廊下が建てられ、江戸期を通じて徐々に社容整備が進められて来た。 また、当時、村の行政区域は東西に分けられており、祭礼日には東西それぞれから二台のダンジリが引き廻され、 宵宮には、にわか(芝居)なども行われていたことが記録されている。 従って、山王宮は新田村の成立・発展と共に歩んできた当地の証人である。 なお、境内にある大神社及び社務所は昭和四十八年に、 福島社・大嶋社(稲荷社)は昭和五十二年に老朽によりそれぞれ新築再建された。 |
神社・お寺情報 |
祭礼 十月二十日 御祭神の大山咋命は、滋賀県の日吉大社にも祀られています。ネット情報では、この辺りの新田開発に近江人々が携わったらしく、地元の神様をこの地でも祀ったのでは無いかとの事でした。 |
例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】ととるし
【
最終
更新日時】2024/07/25 14:20:37
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