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基本情報
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住所 |
埼玉県熊谷市石原1122 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
秩父本線石原 徒歩7分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
0485214633 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御本尊 |
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宗派 |
真言宗智山派 |
創建・建立 |
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由来 |
新編武藏風土記稿
大里郡石原村
眞宗寺 新義眞言宗京都智積院末羽黑山不動院ト號ス大日ヲ本尊トス開山宥快正保四年正月十日寂セリ
境内碑
本堂落慶記念碑
羽黒山不動院真宗寺落慶々讃文
敬って真言教主大日如来。両部界会諸尊聖衆、殊には本尊聖者阿弥陀如来、別しては弘法、興教両祖大師を始め奉って当山先師諸阿闍梨耶、総じては仏眼所照微塵刹土の一切三宝の境界に白して云さく。
夫れ当山は羽黒山不動院真宗寺と号し、今を去る七百年前、則ち文永年間の草創なるも開基詳らかならず、降って中興第一世宥快和上の出世されるや、智積院末として法灯を挙げ、爾来三百五十年、歴代先師良く寺院の興隆を画し祖風を宣揚して令法久住の勝計怠ることなし。
しかりと誰ども時に寺門の隆替あり、この間に建立されし本堂・三重の塔の山門は、明治初年落雷の天災に依って焼失し、寺記什器悉く散佚したるは惜しみて余りあり。
爾後、建立されし本堂も時勢の推移に抗すること能わず昭和初年仝三十三年に大改修を施し今日に到る。しかれども風雨の朽損更に甚だしきを加え、重ねて都市開発に依る檀信徒の増加に伴ない、時代に対処し得る正法流布の教化施設の狭隘を感じ来たれり。
現董智親僧正、昭和三十六年八月、先師が遺鉢を継承せらるるや一意専心、歴代先師が意志を体して寺門の興隆、檀信徒教化に尽瘁し、その労躅を汚すことなし。
今般、堂宇の改修に当り僧正檀信徒に相計り、開創七百年並びに中興三百五十年を記念し新本堂の発願を披瀝、檀信徒又、住職に呼応して協力喜捨を吝まず、寺檀相互の供養を実践して総力を結集、短時日を以ってその竣工を成就したるは、誠に桑門無上の慶びと謂つべし。
抑々阿弥陀如来者、教主大日如来の妙観察智証菩提の徳を主どり、金剛界に於ては西方月輪に、胎蔵界に於ては、中台八葉の西方華葉に住し給ふ。良く智慧を以って一切衆生の機類を観察し、説法断疑して衆生の本性清浄なること蓮華の如くなる理を悟らしむ。故に智慧門の尊として観自在王仏とも称し奉る。
本日茲に落慶の法筵を展ぶるに当り、拙衲を屈して唱導せしむ、之一期の勝縁なり。
願くは本尊聖者阿弥陀如来、仏子等が悃誠を納受せられ一は付正法興隆、加藍安穏、一は檀越安全、子孫長久ならしめ給わんことを。
昭和五十五年三月九日
真言宗智山派管長
総本山智積院化主
大僧正上野頼栄敬白 |
神社・お寺情報 |
馬頭観世音 天保七年丙申二月(1836) |
例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2023/04/30 11:14:53
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