みんなの御朱印
自分の御朱印
まだ御朱印が登録されていません
みんなの参拝記録
自分の参拝記録
まだ参拝記録が登録されていません
みんなの動画
自分の動画
まだ動画が登録されていません
基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県深谷市人見1391-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
JR高崎線深谷 徒歩24分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
0485712524 |
| FAX番号 |
|
| 公式サイトURL |
|
| 御本尊 |
|
| 宗派 |
曹洞宗 |
| 創建・建立 |
|
| 由来 |
境内碑
昌福寺誌
當山は釋迦牟尼佛を本尊に永平寺道元禪師總持寺瑩山禪師を兩祖に仰ぐ禪曹洞宗に屬し 開基深谷城主上杉房憲公父祖の冥福を祈り御嶽永源寺三世漱恕全芳禪師を開山に請し之を草創人見山と號した 公は山內上杉の一門廳鼻和の祖奧州管領上杉憲英の曾孫 父憲信共に武名高く康正二年人見に出陣深谷木瓜城を築造よく古河成氏と爭衡當地發展の礎となった 法謚を昌福寺殿的應靜端大居士という 開山は賢室自超禪師の法嗣 會下に幻室靑巖の二子を出し示衆して解接無根樹能挑海底燈という 二世中興幻室伊峯寺門の營辨に當り深谷上杉憲淸憲賢憲盛代々の尊信篤く五代氏憲牌處に寺領を寄進した 敕賜禪師六世自明惠了仝七世臥龍伊天八世萬室賢達踵を繼ぎ住山十三ヶ寺の支派に法燈を傳え慶安年中二十石の朱印地となった 江戶初頭十三世活超潤龍寺門を重興し現本尊を開光 再び寶曆六年伽藍は烏有に歸し同八年春廿一世鐵英宗舩代本堂再建開山堂衆寮の整備を見た 上杉氏子孫ゆかりの檀信外護常に懈りなく維新後旧境内仙元山上地となり明治中葉拂い下げに際し人見世話人中心に盡力寺有に戾した 四十一世逸山謙乘山門を新築本堂改築を發願檀信道念を集め淨財五百萬圓を投じ昭和三十年春四十二世逸菴藤壽代上棟輪奐の美を加え工事の圓成を見た 茲に佛祖の照鑑を仰ぎ寺史の一端を傳える
昭和四十五庚戌年十一月三日
落慶之日 四十三世謹誌
新編武藏風土記稿
榛澤郡人見村
昌福寺 禪宗曹洞派上野國永源寺末ト號ス 寺領二十石ノ御朱印ハ慶安元年七月十日賜ヘリ 本尊釋迦ヲ安ス 開山淑恕全芳禪師永正十五年十二月十二日寂ス 開基ハ上杉右馬助房憲某ノ年十一月五日トノミ傳ヘテ卒年詳ナラス 法謚ヲ昌福寺殿的翁靜瑞居士ト號ス コハ上杉氏民部大輔憲顯六男深谷ノ祖憲英ヨリ四代ナリ 又是ヨリ五代ノ後上杉三郞氏憲カ寺領寄附ノ狀アリ 左ニ載
寄進狀武州榛澤之郡人見村昌福寺上椙牌處富士山寺門前一切不入幷寺領百貫文代々寄附畢
天正庚辰乘林鐘甘八日
上杉三郞氏兼花押
昌福寺
寺寶 短刀 一腰 吉光ト銘アリ 上杉右馬助房憲所持ト傳フ 上杉家譜一 松平大炊頭ノ家臣杉本某ノ祖藏人ナルモノ何ノ頃カ當寺ヘ附セシト云 此杉本ハ上杉ノ末裔ナリ 惣門仁王門 樓上ニ千手觀音ヲ安ス 鐘樓 寬文七年ノ鑄造ナリ 衆寮 辨天社 天神社 白山社 |
| 神社・お寺情報 |
不許葷酒入山門 文化五戊辰天九月(1808)
境内碑
官林払い下げ寺有地社地交換登記々念碑
浅間神社は上杉三郎氏憲公の崇敬厚く江戸末期まで別当昌福寺持であり又人見村の鎮守として信仰された 仙元山丸山は当山の境内であったが明治七年仙元山の一部を除いて上地となり明治三十五年三十九世伊藤文梁和尚代払下げ問題が起った 人見世話人大谷幸治郎清水和七江原竹治郎江原吉五郎清水梅吉植竹勘五郎清水周助の七氏が尽力仙元山分三千九百円を立て替え寺有に戻し丸山分は人見字民が代千円を拠出し大字持をなった 四十一世荒井謙乗和尚神田治作氏助言で示談し立て替え問題を解決した 神社郷社昇格につき丸山を神社有とし昭和十八年社地参道拡張の為丸山の一部を寺有地の交換が成立したが未登録のまゝ年数を経た 人見世話人植竹義重氏之を憂え氏子総代として他の総代八氏と協力丸山を再測量公園化による交換分を増し昭和五十四年三月四十三世代費用を社寺で負担し交換登記を完了した 多年多数の人々の労を記念してここに誌す
昭和五十四年四月吉日
昌福四十三世禮一撰書並建 |
| 例祭日 |
|
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2024/11/10 11:40:01
|
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々は
こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社・お寺
近くのお城
神社・お寺検索
※は必須です
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録は
こちら。