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基本情報
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住所 |
埼玉県上尾市中新井65 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR高崎線宮原 徒歩32分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
048-771-0744 氷川神社 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
倉稲魂命 |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
境内掲示板
稲荷神社御由緒
上尾市中新井六五
御縁起(歴史)
『風土記稿』によると、神仏分離以前の当社は西光寺の境内社として祀られていた。西光寺は天台宗の寺院で、もと西方の寺家山の地にあったが、秀恵という僧が現在地に移して中興したと伝えられる。当社の創建は西光寺の中興以後のことと思われるが、明らかではない。ちなみに、同じ西光寺の境内社であった「牛頭天王」の石祠には「寛政己酉年(一七八九)六月吉祥日」「中新井村氏子中」と刻まれている。
元来、当社の本殿は一二〇センチメートル四方に丸太を柱として掘立て、茅で屋根を葺いた形の建物で、氏子は毎年「屋根改い」といってこの屋根の茅を葺き改めるのを例としてきた。太平洋戦争後、社の建物の痛みが激しくなってきたため、小学校で奉安殿として使われていた建物を譲り受け、これを境内に移築して神体を納めた。ところが、間もなく村内に悪い病気が流行し、近くの納屋では夜な夜な狐の鳴き声がするようになった。氏子一同は、これを「稲荷様の祟り」として、神体を元の社殿に戻したところ、病気も治まり、狐の鳴き声もしなくなった。
その後、小学校から移築した社殿は拝殿とし、本殿は従来通り毎年茅を集めて「屋根改い」を行ってきたが、近年は茅材の収集困難に加え、屋根替えの後継者不足が深刻な状況になってきた。そこで、臨時集会を開いて氏子一同で協議した結果、従来の本殿を廃し、平成三年二月に切妻造平入り瓦葺きの新しい本殿を建立した。
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神社・お寺情報 |
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例祭日 |
初祭り(一月一日) 初午(三月初午) お日待(十月十五日) |
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2020/03/07 17:41:35
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