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★★★★★ 参拝日:2018年6月3日 00:00
夏越大祓。墨書き、待時間1時間越えでした。とても綺麗なご朱印を1枚1枚丁寧に書いてくださる宮司様に感謝です。
★★★★★ 参拝日:2017年9月27日 00:00
★★★ 参拝日:2017年9月27日 00:00
参拝日:2018年9月15日 00:00
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住所 | 東京都昭島市拝島町1-10-19 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス | JR中央線・JR青梅線「立川駅」よりバス拝島駅または拝島営業所行き「拝島大師前」 徒歩5分 JR青梅線「拝島駅」よりバス立川駅行き「拝島大師前」 徒歩5分 JR青梅線「昭島駅」 徒歩25分 |
御朱印授与時間 | 9:30~16:00(書置き),10:00~16:00(直書き) |
電話番号 | 042-544-0636 |
FAX番号 | 042-544-0636 |
公式サイトURL | https://hiyoshi-jinja.or.jp/ |
御祭神 | 大山咋命(おおやまくいのみこと)
羽山戸命(はやまどのみこと) 香山戸命(かがやまどのみこと) |
創建・建立 | 天正年間(1573~1593年) |
旧社格 | 村社 |
由来 | 【頒布】東京都昭島市拝島町鎮座
日吉神社由緒 日吉神社は、拝島村の鎮守で、古くは拝島山王社と称しました。 元は隣の大日堂(拝島山密厳浄土寺)の伽藍鎮守で、近江国日吉大社より勧請されました。 創建年代は不詳ですが大日堂が開創された天暦6年(952)とも、北条氏照の重臣・石川土佐守によって大日堂が再建され、大日八坊(普明院、拝島大師本覚院など)が建立された天正年間(1573-1593)のこととも言われています。 寛保元年(1741)宗源宣旨により拝島山王大権現の称号を許され、それを記念して、氏子が毎月1文の積み立てを行い、明和4年(1767)まで26年かけて貯めた資金で社殿を再建し、さらに神輿・祭具を新調・奉納し、9月19日、盛大に第1回目の神幸祭を執り行なわれました。 このことは、大日堂の別当であった普明寺所蔵の『山王祭礼図絵』(昭島市文化財)の奥書に記されています。 嘉永4年(1851)9月1日、社殿再建の工を起こし、翌嘉永5年(1852)9月9日竣工した。 これが現在の本殿です。 安政2年(1855)社殿(拝殿・神楽殿・幣殿)の修築と鳥居・神橋の再建完成の大法要が営まれました。 明治2年(1869)神仏分離により密厳浄土寺から独立、日吉神社と改称しました。 平成6年(1994)大日堂と日吉神社の境域が、歴史的建造物を中心に旧態をよく留め、典型的な天台宗一規一画の寺域を構成する都内でも数少ない場所として、東京都の史跡に指定されました。 平成17年(2005)社殿の修復工事に着手、平成20年(2008)に完成しました。 9月に行われる例大祭(通称榊祭)は、山王祭礼図絵に倣って行われますが、その先頭を行く榊の神輿が元治元年(1864)に独立し、神幸祭当日の未明に渡御するようになりました。 これが榊祭で昭和50年(1975)に東京都の無形民俗文化財に指定されていいます。 午前0時より、高さ約5メートル程の榊神輿が若者に担がれ、約4時間かけて町内を巡行し、昼間に巡行される神輿の通り道の露払いお清めを目的としています。 明け方近く、榊神輿が社前に戻ると、担ぎ手たちが榊を引き倒し、榊の枝を奪い合い、この榊の枝を取ると、1年間無病息災で過ごせるといわれています。 |
神社・お寺情報 | |
例祭日 | 9月19日に最も近い第3日曜日 例祭 |
神紋・寺紋 | 左三つ巴 |
更新情報 | 【
最終
更新者】龍太郎 【 最終 更新日時】2023/07/30 13:48:27 |