和貴宮神社 参拝記録 (天地悠久さん)
宮津の地名起源、昔は当社の際までが海であり、「津」の「宮」であったことによるもの。創祀については社頭案内板には神代とありますが、文献資料として確認できるもので遡れるのは中世までで籠神社から分霊したもの。創祀時は吾野の宮、ご祭神は阿賀姫か。その阿賀姫は鹿屋野姫のこととされてはいます。別に式内社の吾野神社というのがあり、所在地不明ながら与謝野町加悦の天満宮の境内社が比定され鹿屋野姫が祀られています。社名、ご祭神ともに同じ。当社に遷座されてきたのではと推測しています。案内板には当社が式内社であるかのような表記も。また想像を膨らませるのなら「分宮(わけみや)」という社名は御霊を分けてきたのではと。境内には海中にあったともされる「波越磐」という巨岩(磐座)が座しています。もし往古より座していたのであるのなら、何らかの祭祀が行われていたはずです。
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