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★★★ 参拝日:2018年12月2日 00:00
混みいった住宅街にご鎮座。境内は清々しいです。 週末の午前中にお詣り。 七五三の方もいらっしゃって、地域の方々に愛されている印象です。 駐車場は境内外、北西側角・コインパーキング横にあるそうです。
★★★★★ 参拝日:2017年9月18日 00:00
参拝日:2025年2月2日 00:00
★★ 参拝日:2024年6月16日 11:33
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 | 大阪府大阪市住之江区北島3-14-12 |
| 五畿八道 令制国 |
畿内 摂津 |
| アクセス | 地下鉄住之江公園駅東南へ15分 |
| 御朱印授与時間 | |
| 電話番号 | 06-6681-5337 |
| FAX番号 | 06-6681-5347 |
| 公式サイトURL | http://www.cwo.zaq.ne.jp/takasagojinja/ |
| 御祭神 | 天水分神(あめのみくまりのかみ)
住吉大神(すみよしのおおかみ) 柿本人麿神(かきのもとひとまろのかみ) |
| 創建・建立 | 元文2年(西暦1737年)9月26日 |
| 旧社格 | 村社 |
| 由来 | 元禄16年(1703年)幕府の布令を以て、大和川付け替え以来住之江浦に土砂が堆積して浅洲を形成するようになり、大坂淡路町の両替商加賀屋甚兵衛は堺に往来する途中、霰松原から見た西方の浅洲が新田に適しているとし、享保13年(1728年)より開墾に着手し北島新田と名づけ、元文2年(1737年)一応の完成を見ましたので代官疋田庄九郎の検地を受けるとともに、御見捨地十五間四方(約900m2)を以て境内と定め、出身地の河内国石川郡新堂村の産土神天水分大神を勧請、神職松原大蔵の奉仕により鎮斎『はや住之江に着にけり』と謡われた謡曲「髙砂(高砂)」に因み、高い砂丘に位置するために「髙砂(高砂)神社」と高づけられましたのが元文2年(1737)9月26日の事、これが御鎮座の初めであります。
加賀屋甚兵衛はその後さらに加賀屋新田を開発し、北島新田は宝暦4年(1761年)以来堺の甲斐町小山屋久兵衛が継承し、宝暦11年(1761年)社殿御造営を行い、柿本人麿朝臣の神像をも松原大蔵子息松原出羽守幸正が奉斎しました。 しかるに天保6年(1835年)8月27日夜出火し、社殿を焼失しましたのでここに住吉大神を奉斎するとともに翌天保7年(1836年)再建し、8月28日住吉大社神職山上松太夫の奉仕で正遷宮を行いました。 明治5年(1873年)村社に列し、境内地は小山屋久兵衛の後明治35年(1902年)以来濱田甚兵衛の所有地でありましたが、村社として村民によって維持せられ、昭和6年(1931年)3月、神饌弊帛(シンセンヘイグ)料供進社に指定、戦後昭和27年(1952年)12月10日付を以て宗教法人法による宗教法人として認証、全国の神社が宗教法人と成った際寄進せられ今日に至っています。 昭和42年(1967年)には御鎮座230年祭に当たり御造営が行われ、昭和60年(1985年)には昭和の大修理として社殿、社務所、神庫等を大々的に改築し、9月26日遷座際、翌27日同奉祝祭並びに御鎮座250年大祭を執行しました。 |
| 神社・お寺情報 | |
| 例祭日 | 7月26日 |
| 神紋・寺紋 |
左三つ巴
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| 更新情報 | 【
最終
更新者】紅丑 【 最終 更新日時】2018/09/18 16:31:04 |





左三つ巴

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